潮風の行方 〜 介護実習生の青春ドラマ 〜

潮風の行方|特攻帰還兵の夕日
潮風の行方|登場する江ノ電
 なんてこった・・・、彼女にふられた・・・。モチベーション最低で迎えた実習で出会ったのは、命と向き合う健気な女性職員と、無口な老人・・・。

 そして、実習を重ねるうちに、戦争中の祖母の隠された一面が明らかになっていった・・・。

「プロローグ」より抜粋

潮風の行方|登場するフィアットパンダ
 なんてこった・・・・・・。彼女に、ふられた。
 しかも卒業の為の一番厄介なカリキュラム、「長期現場実習」の直前にだ・・・・・・。
 実習へのモチベーション、ガタ落ちだ。
 俺は今、介護福祉系大学の四年生で、卒業を半年後に控えている。
 「介護の学校には必ず「現場実習」という必須科目がある。その名の通り、実際に介護の現場を体験することで・・・
「本編」より抜粋
「坂井さん! 坂井さん!」
 大きな声で名前を呼びながら、肩を叩いた。お年寄りの頭が力なく揺れた。
 春菜さんはお年寄りの首の後ろに枕を入れて顎を上げると、耳を近づけ、呼吸を確認した。
「呼吸してない・・・・・・。藤原君! 仮眠中の二人を起こしてきて! 急いで!」
俺は一瞬固まったが、すぐに「は、はい!」と叫ぶと、仮眠室に走った。
 集会室を曲がって、階段を駆け下りる。
気ばかり焦って、足が縺れそうになる。心臓がバクバクと音を立てているのが聞こえた。仮眠室までがやけに遠く感じる。

 俺が二人の職員を連れて部屋に戻ると、春菜さんがベッドに上がって、心臓マッサージをしていてた。

   (中略)

 ゴキッ、ゴキゴキッ・・・・・・。
 次の瞬間、春菜さんの動きにあわせて、お年寄りの胸から、鈍い音が聞こえた。
 涙をこらえるように噛んでいた春菜さんの唇が、震えた。
「あぁ・・・・・・、肋骨が、折れる・・・・・・」
 弱々しくそう言った春菜さんの目から、涙がこぼれ落ちた。
 俺はマスクを押さえる手に、ぬるい液体の感触を感じて、目をやった。
 お年寄りの口から、血液が流れ出していた。
「!」
 俺は声にならない叫びを上げた。

   (中略)

 部屋の外から「こっちです!」と言う瀬野さんの声が聞こえたかと思うと、担架を持った救急隊員が数名入って来た。
「後は私たちが代わりますから、状況を説明してください」

   (中略)

 春菜さんはゆっくりと両手を持ち上げると、血液で染まった自分の両手を見詰めた。
 そして俺のほうへ視線を向け、俺の手にも血液がついているのを見ると、力無く言った。「手を、洗いに行きましょう・・・・・・」
 汚物処理室の流しで、春菜さんと並び、手を洗った。あっという間に、流しは血液で真っ赤に染まった。
「ウッ・・・・・・・・・、ウッ・・・・・・・・・」
 その声に、隣を見た。春菜さんは、手に付いた多量の血液を洗い流しながら、目に涙をいっぱいに溜め、唇を噛んでいた。
 そしてまるで力が抜けたように、するするとその場に跪いたかと思うと、項垂れて、「わ〜っ!」と声を上げて、泣いてしまった。まるで子供のように、「うわ〜ん! うわ〜ん!」と大きな声で、泣き続けた。
 春菜さんの小さな背中が、揺れ続けた。 たった三年目の、二十歳そこそこの少女の肩に、一人の人間の命が背負わされる。
 今彼女はその小さな体で、必死にその重荷に耐え、戦った。

「春菜さんは・・・・・・、とても冷静に、良く、頑張ったと思います・・・・・・」
 俺はその程度の言葉しか、掛けられなかった。介護の仕事の責任の重さを、痛烈に実感させられて、完全に打ちのめされた。

   (中略)

 心臓マッサージは、肋骨が折れる事を躊躇してはいけないのだ。骨折などの傷害よりも、心肺蘇生の方が優先されるからだ。しかし、分かってはいても、それを冷静に出来る素人は稀だという。医師や看護師、救急隊などのプロ以外は、肋骨の折れる感触に恐怖して出来なくなってしまう。よっぽどの責任感と、その人を蘇生しようという強い意志が無ければ、出来ないことなのだ。春菜さんは、その恐怖と、必死に戦っていたんだ。俺は、いたたまれない気持ちになった。
 病院から帰ってきた看護師さんが、春菜さんに「とても冷静で、素晴らしい対応だったわよ。ありがとう」と声を掛け、慰めていた。

潮風の行方著者:安東茂樹 著者紹介 安東茂樹(あんどう しげき)

1969年 6月6日生まれ。神奈川県横浜市出身。
1996年 関東学院大学第二部を、仕事をしながら卒業。
2001年 無資格、無経験で特養介護職員となる。
2003年 児童文学「神さまの贈り物」を出版。
2004年 日本児童文学者協会所属。
2005年 介護福祉士取得。
      実習担当を経て、特養介護主任となる。

 神奈川県在住、趣味は山登り、車、バイクなど。お兄さんはTBSアナウンサーの安東弘樹さん。写真は物語の舞台ともなった江ノ電、国号134号線沿いの海岸(バックに写っているのは江ノ島)。

潮風の行方|書籍イメージ(安東茂樹)
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  作品名:潮風の行方(しおかぜのゆくえ)
      ISBN978-4-286-11915-1

  著 者 :安東茂樹

  出 版 :文芸社

  定 価 :700円+税


ALVISの推薦する書籍です
 素晴らしく感動的な青春ストーリーです。この物語は現在の介護施設が抱える問題、すなわちこの国の仕組みや制度上の問題が読者にわかりやすい形で盛り込まれており、単なるフィクション作品とは思いません。
 介護の第一戦で活躍してきた介護主任さんが書かれただけに、介護施設の現状が非常に良く伝わってきます。こうしている間にも、彼らのような介護の仕事に打ち込み、真の幸せとは何か、介護はどうあるべきかを悩み、追求している介護職員の方々の存在を想わずにはいられません。本編を読み終わると出てくるエピローグで読み終えた後の満足感が更に高まりました。知人数名にも読んでもらいましたが全員が高評価でした。 (ALVIS小美玉校 校長 杉田晃一)


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